自分を
好きか、嫌いか?

自分が、
嫌いか、好きか?


「自分育て」をするということ。


それを好きか嫌いか。人間である自分を
「試す」こと。それは楽しい作業か否か。


「生まれてきたこと」を、どんな風に考える?
「生きてきたこと」を、どう取り組むの?


「生きていること」にどう取り組むか?
「人間」であることに、どう取り組むか?


「本当のこと」を、どう取り組むか?


自分を、「試す」ということに躊躇いを
感じるか否か。「わたし」であることを
「幸せ」に思えるかどうか。


私が、「私を育てる」ことが好きなら
「自分らしさ」なんてものは、日々流動し

私が、自分の本質に対峙し過去と未来の
狭間にいて、「明日」という道で、迷子に
ならないとも限らないのだ。言い訳のない、

「嘘をつかない」ほんとの自分だから、今
これからの姿は、やみくもに歩くしかない
のだ。歩かなくなると、育たない。


赤ちゃんのように、背が高くなるまでの
日常を、手探りになる赤ん坊が親の顔を
見上げなくなるまでは、やみくもに歩く
しかないんだ。


砂利をつかんで、道端に砂利を投げつけた
小さき赤ん坊の散歩のように、見えない
世界に石ころを投げるようなものだ。


赤ん坊が
自分の小さき背丈で、狭く低い次元の先に
ある世界へ、投げかける沢山の疑問や不安。


小さき赤ん坊が、自分の親の背丈に追い付く
までの日常で、人間になる為の様々な学習や
経験の中で、自分の「いのち」を学ぶんだ。


「誰かに似ている」「誰かに似ていない」
あらゆることに、出会う為に歩くしかない。


自分の人生に、「こんにちは」と駆け寄り
握手をするような体験や、見ず知らずの人の
知らない世界に、肩身の狭い思いをしながら
静かに、密やに近づき傍観者になる暮らしや、

友達ではない人に、友達のように繋がる嘘に
自分が、自らを置かなくてはならない仕事や
学習や、社会経験は「誰にも知られていない」
という嘘や、欺瞞に

自らが自分を投じなくてはならない、という
ジレンマと日々、闘わなくてはならないの
かも知れないし。


「仕事をする」為に、つく嘘が犯罪者の仮面
みたいになると、仮面を沢山抱え込んでる
精神障害者みたいに、解離性障害を誘因し、
それを遊び、ゲームのように企てる人間が

「大嫌いな自分」を、「居ない」と思わせる
ことに繋がり、「好きになれない自分」から
目をそらし、自分の本質に牙を向ける強さも
自分の内性に語りかけるモラルさえも無く、


「誰かに繋がる為」に、嘘をついたり
「存在させたくない自分」の為に、偽装し。

「自分を偽りたい」という弱さの為に、嘘を
増やし、「好きにならない自分」の為に、

人間が、「自分に似ていない誰か」に似てる
ふりをする。自分を「一番好きでない自分」
という弱虫が、自分に繋がらない、自分に
一番似ていない人に、成り代わりたがる…。


そんな精神障害者が、自分を育てなくして
自分を生きなくして、自分に繋がらない
存在を、自分の体や言葉で演じている!?


だから、「自分育て」を苦手な人には
「あなたの名前は、なんと言いますか?」と
確認し、「あなたの仕事はなんと言いますか」
と訊ねることが必要になる。また、他人とは


繋がらない、繋がりたくない人に関わる必要
はないし、見ず知らずの人に繋がらなくても
悩む必要もない。「誰かに負ける」ことや、

「誰かに勝つこと」は、自分の立場でしか
判断が出来ない。繋がらない人間に、いきなり
試合やゲームのように挑む理由はない。バカな
ヤンキーな、ゲーマーでない限りは他人のまま。


繋がらない、繋がってないのは当たり前。

当たり前を知られない、当たり前に学んで
いない、精神障害者が家族や親族や友人を
分からないのは、知能障害でない限りは?


「自分の現実」と繋がる、本名で生きるしか
他人とは繋がらない、ということ。友達では
ないから、仲間ではないから、人間関係とは

バーチャル世界さながらに、まやかしの登場
人物と化し、知らない人、繋がらない人と
「どうどもいいことをやる為」に今日だけ
繋がる、というだけの無関係者と犯罪?



知らない人と、犯罪をやる為に繋がる顔を
精神障害者が、あちこちで見ず知らずの
繋がらない他人と、臨時の犯罪者ごっこ。


そんな人たちの、バーチャル世界とは
「自分を生かす」とか、「自分を育てる」
ということが、面倒のようだ。共産党でね

世界には繋がらない、成長をしない人との
一度だけの関係や、1日だけの友達ごっこ
というのがある、という。病気なんだね。


私には、無関係な精神障害者の住む世界。
嘘と、狂言だけの猿芝居。共産党が習慣化!

日常でやり尽くしていた、遊んでいたその
世界感とは、現実を知らない人が現実を
見ない仲間と、1日だけやる狂言と嘘と
詐欺の世界。


それをかわいそうなことだと分かると、
関わりたくはない。ずるいから。



学んではない、身に付いていない、成長や
経験は無い。その日常だけを使って生きる
人たちに

「人間にならないの?」「心は凍えてる?」
そう聞いてみたい。寒くないですか?


あなたの魂、あなたの人生は侘しくない?
幸せでしたか? あたたかい日に笑った?


自分のこと。大好きになりたいと思うまで
自分の目で、現実が見れない、という病気の
人たちが増えちゃったね。自分をスルーして、

自分自身を町や部屋に置き去りにしてきた
人たち。あなたは、あなた自身が嫌いだから


あなた自身の名前で、生きれないんだね。

あなたの生まれた日に、あなたは自分が
死んだように、自分に蓋をしたんだよね。

スルーして、嘘ばかりを言いながら?
あなたが、あなたを生まれた日に捨てて
来たように、私もあなたには繋がらない。




















人間に、
人間らしさを語らせたなら、こんなことを

熱く、愉しく嬉しそうに語り合えるんだが。




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村