昨今、かなりの頻度で出会います
『パーソナリティ障害者』なる顔!


『生まれてきたけど居ないふり』の人。
『住んでるけど名前が無い人』のふり。


『知らないけど分かるふり』の男女。
『見ていないけど見られたふり』の人。

『好きじゃないのに繋がりたがる』人や、
『詳しくないのに知っていたふり』の人。


インターネットで、アカウントやあだ名、
ハンドルネームを使ってる『仮名』なる
地方に暮らしてるふりをする人たちがいて、

精神障害や発達障害をアピールする病気は
本名を言わなくなることにより病気を誇示。


成り済ました者や、自分を知らなくする
弱虫のふりがいる。人間であることによる

『自分らしさ』や、『ほんとの名前』を
言えない、言わなくなるスポーツ選手の
ふりをし、グラウンドで叫んだりする少年。


『住宅』や、『地名』や『道の名前』に
繋がらない環境にいるみたいになる人々。

バスの停留所を分からない、歩かないで
自家用車に乗り、自分が暮らしてる場所、
自分がいる、立っている位置を知らない
ままに暮らしてる発達障害や知的障害。


『自分のカラダに繋がる情報』を知らない、
『自分の命に繋がる身元』を分からない
ふりをする、洗脳されてるふりをする顔。


彼らは、自分を『何処の誰なのか』を
知らないふりをする。なぜ?


自分の名前が言えない人が、なぜ
近所の人には詳しいふりをする?

なぜ、本名を言わない人たちが
犯罪者でないふりをやる? なぜ?


なぜ、彼らは他人の偽名を気にしない?
なぜ、彼らは他人のペンネームを欲する?

なぜ、彼らは他人のハンドルネームには
繋がるふりをする? なぜ人の本名には

ハラスメントをし、牙を向けた?


自分の名前を嘘をつき、ペンネームや
ハンドルネームを使わない人たちが、

なぜ他人の身元には繋がるふりをし
自分たちは、偽名を語りインチキを言う?


『パーソナリティ障害』を分かると言った
人たちが、なぜ『自分自身について』は

分からないアピールをする?
なぜ『今の自分』についてを、言わない?
なぜ『今の自分がいる場所』を知らない?


なぜ『生きていること』に、繋がらない
ふりをし、『何処の誰か分からない』と
いう演技をするの?



自分の暮らしてる、自分が発してる声で
自分がいる居場所をアピールする顔が、

なぜ『自分を知らない』という演技をし、
なぜ『自分を分からない』ふりをしても
自分の声で、自分の居場所をアピールする?


なぜ『何処の誰か』名乗りたがらない顔が、
いつも自分のいる場所をアピールしてる?


インチキがある顔が、なぜ自分の育った
地名を言わなくしてるの? 本名にない、
本籍にいない名前を名乗り、なぜ今

暮らしてる場所を分からせたがる?


自分という字を読まない病気を、
不安にならない発達障害のふりは

『本名が言えない犯罪者』だという
イメージを作り、演じたがるようだ。


彼らは『じぶん』を悪い人だと
アピールに、自分の居場所を誇示
して自分の『嫌いな名前』を隠し、

犯罪者みたいに『不都合がある』
アピールをしたがる!?


『自分らしくない』とか、『自分には無理』
だということを、ごまかしているふりをし

明らかに『自分を知られたい』アピールが
ある。『誰が繋がるか?』ではない!?


『繋がりがある』ふりをする日常習慣に
『自分は誰か言いたくない』という気難しさ
により、『自分らしいこと』を分かるらしい。

彼らは、『名前に繋がるふり』があるが?


本名や、住所には繋がらないアピールをして
『誰か言いたくない』のに、生きてきたこと
への抵抗や、背中を向け現実への回避がある
らしい。


生きてきた場所や、働いたことがある会社や
繋がる友人や、出かけていく街には繋がる
アピールがない精神障害者がいる!?


名前と、本名と、身元と繋がらない
場所や人間に繋がるアピールをして
自分の在処を分からなくする彼らは
自分の今を見えなくすることに躍起だ!


『繋がらない』ことを危惧し、『知らない』
ことを嫌い、『自分について』は秘密にし
彼らは、『訳知りに見せる』のだが。

自分を『どういう人間なのか』のPRは
しない。『精神疾患があります!』と
かなりの自己顕示欲が見てとれる。


『病んでます』というイメージを誇示し、
『あなたにすがっています』をイメージ
させている。ハラスメント好きな彼らは?

『頭が悪いです』『嫌がらせしたいです』
とか、明らかに『発達障害者です!』と
アピールしている。


また、そのようにしか表現をしないし、
自己顕示をしていないように見えるのだ。


『こんなに変な人間ですよ~』と叫び、
『頭が機能してませんよ~』とアピール
してきた。彼らには『治したくない』とか

『精神障害者です!』という日常習慣しか
出てこない。『狂わされたふり』をしたり、
『発達障害者ですが、何か?』という誇示。






では、パーソナリティ障害について











―説明―

内容紹介

《講談社 健康ライブラリーイラスト版》

【その生きづらさ、パーソナリティ障害では?】

パーソナリティとは、その人らしさのこと。それが障害されるとはどのような状態なのでしょうか。
パーソナリティ障害は、思春期から問題が表にでてきます。ものの考え方や行動のパターンが著しく偏ってしまい、対人関係がうまくいかずトラブルを起こすため、近年、発達障害との合併症や誤診といったことが問題視されています。
さらに本人に病識のないことから周囲が巻き込まれやすく、その対応に負担に感じている家族も少なくありません。摂食障害や人や物への依存などの問題行動、引きこもりなどの背景にパーソナリティ障害が隠れているケースもあると言われています。
本書ではとくに患者数が多い「境界性」と「自己愛性」の2つのタイプを中心に障害の特徴、背景から自分自身で治すためにできること、家族や周囲の正しい対応法まで解説します。本人だけでなく、家族や職場など周囲の人に役立つ一冊です。



📎パーソナリティ障害とは

・パーソナリティに著しくかたよりがあり、対人関係がうまくいかず問題が起こる状態
・自閉スペクトラム症などの発達障害が隠れている場合もある


📎境界性パーソナリティ障害の特徴

・根底に「自分は見捨てられた子」という強い思い込み(幻想)がある
・よい子と悪い子、両極端の自分がいる。周囲に対しても態度が激変する
・過食、親への暴力、人や物への依存などの問題行動で、周囲を巻き込む


📎自己愛性パーソナリティ障害の特徴

・「理想化した万能の自分」しか愛せない。等身大の自分がない。
・健全な自己愛が育っていない。失敗や挫折に弱く、うつや引きこもりに
・目に見える結果がすべて。他人の評価を過度に気にして批判されるとキレる



【本書の内容構成】

📌第1章 パーソナリティ障害について知る

📌第2章 パーソナリティ障害の要因はなにか

📌第3章 境界性パーソナリティ障害――「私を見捨てないで」

📌第4章 自己愛性パーソナリティ障害――「私をもっと賞賛して」

📌第5章 治すために必要なことがある



📒内容(「BOOK」データベースより)

その生きづらさ、パーソナリティ障害では?

「境界性」と「自己愛性」を中心に障害の特徴、背景から治すためにできること、家族や周囲の正しい対応法まで。



*著者について*

🖋️市橋 秀夫

【監修者プロフィール】
市橋秀夫(いちはし・ひでお)

東京医科歯科大学医学部卒業、医学博士。

精神保健指定医。都立松沢病院、東京都精神医学研究所兼務研究員、都立墨東病院神経科医長、福島大学障害児病理教授などを歴任。一貫して臨床実践と臨床研究に携わる。とくにパーソナリティ障害の治療では実績を上げている。日本精神病理学会評議員、外来精神医療学会理事、精神科治療学編集顧問。『精神科臨床ニューアプローチ7 児童期精神障害』(メジカルビュー社)、『うつ病診療のコツと落とし穴』(中山書店)、『TODAY’S THERAPY 2006 今日の治療指針 私はこう治療している』(医学書院)、『新世紀の精神科治療』(中山書店)など著書多数。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)



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*2018年4月5日/記*


私が市街地で見て、知った人々は?

『日常は、異常なんだけど』という
イメージをさせてる彼らには、姿が

『発達障害になるしかなかった』
というイメージより


『狂いたがる脳』のアピールにしか
見えなかった。彼らからのアピールは、

『自分の負』を怖がり、弱さの誇張を
している。偽装や欺瞞や発達障害を誇示!


治療したいのに、怖がっていて治療を
受けられない姿が浮き彫りになるようだ。


『精神疾患』に対する、気恥ずかしさが
彼らにはある。『普通ではない自分』を
イメージさせ、目立ちたがっている!?


儚くも、『潰れていく自分』に躍起になり
『未来がない』ことを楽しんでるかのよう。


『惨めったらしい』素振りはなく、むしろ
『狂いたがることを楽しむ』ように見える。

育ちの悪さか、知能の低下か、家族の大罪
なのか。彼らは『自分自身のこと』は日常
見えなくしている。分からないから

『自由』らしい。気ままな幸福を誇示!


彼らは『自分を放棄』しているから、第三者に
マインドコントロールされたままに活動をし、

彼らは『居なくても困らない誰か』に繋がり、
誰にも『愛されてない日常』を、エンジョイ
しているかのようだ。が、こだわりやら
依存や、繋がることに必死さがある!?


『幸せなんか分からない』から、

『他人の不幸には参加したい』
イメージがある。彼らの日常は


『幸せに生きてないこと』にだけ繋がる
ふりがある。『幸せ』とか『優しい』
とか、『真面目』だとか善良である

成熟さに牙を向けている!


『パーソナリティ障害』たる立場は、
ある時には『他人を不幸にしてる』
英雄気取りで、ある時は


『他人の善良さへの批判家』であり、
ある時は『見境がない無分別な悪魔』の
ヒーロー気取りで、ある時は『無能』な
偽善者か、世間知らずぶりだ。身勝手な?


『学歴なんか邪魔になる悪人』なんかを
気取るようなら、『何人もいる仲間』とは、
素晴らしく愉快な人生設計に勤しむ起業家
やら、身勝手に好きなことをやる社会人顔。


知らない人には、弁護士のふりや警察の
ふりをし、親しい人には単なる顔見知り。

下手すれば、犯罪者生活を偽装するべく
商いや、アルバイトに勤しむ詐欺師の顔。



精神障害者を満喫して、狂いたがる
演技性パーソナリティ障害を誇示し

活動家のふりをし、したたかに容易く
偉そうに、発達障害者ぶり犯人になる
男や女たち。頭の汚い腐った精神性に
自ら輝きがあるふりをする顔!


そんな『サイコパス』に、繋がりたけりゃ
繋がり、繋がりたくなければ『人間性』や
『モラル』にこだわりながら、エホバや

精神障害者のアピールに、『バカげた』
ドラマだと分からせてあげるがいい!?


『バカばかり!』だと、教えてあげよう。



🖋️ 鈴木霄でした。