Prajna/りびんぐ - すけーぷ

お気に入り、世の中に埋もれているモノと私の記録。

タグ:人間

自分を
好きか、嫌いか?

自分が、
嫌いか、好きか?


「自分育て」をするということ。


それを好きか嫌いか。人間である自分を
「試す」こと。それは楽しい作業か否か。


「生まれてきたこと」を、どんな風に考える?
「生きてきたこと」を、どう取り組むの?


「生きていること」にどう取り組むか?
「人間」であることに、どう取り組むか?


「本当のこと」を、どう取り組むか?


自分を、「試す」ということに躊躇いを
感じるか否か。「わたし」であることを
「幸せ」に思えるかどうか。


私が、「私を育てる」ことが好きなら
「自分らしさ」なんてものは、日々流動し

私が、自分の本質に対峙し過去と未来の
狭間にいて、「明日」という道で、迷子に
ならないとも限らないのだ。言い訳のない、

「嘘をつかない」ほんとの自分だから、今
これからの姿は、やみくもに歩くしかない
のだ。歩かなくなると、育たない。


赤ちゃんのように、背が高くなるまでの
日常を、手探りになる赤ん坊が親の顔を
見上げなくなるまでは、やみくもに歩く
しかないんだ。


砂利をつかんで、道端に砂利を投げつけた
小さき赤ん坊の散歩のように、見えない
世界に石ころを投げるようなものだ。


赤ん坊が
自分の小さき背丈で、狭く低い次元の先に
ある世界へ、投げかける沢山の疑問や不安。


小さき赤ん坊が、自分の親の背丈に追い付く
までの日常で、人間になる為の様々な学習や
経験の中で、自分の「いのち」を学ぶんだ。


「誰かに似ている」「誰かに似ていない」
あらゆることに、出会う為に歩くしかない。


自分の人生に、「こんにちは」と駆け寄り
握手をするような体験や、見ず知らずの人の
知らない世界に、肩身の狭い思いをしながら
静かに、密やに近づき傍観者になる暮らしや、

友達ではない人に、友達のように繋がる嘘に
自分が、自らを置かなくてはならない仕事や
学習や、社会経験は「誰にも知られていない」
という嘘や、欺瞞に

自らが自分を投じなくてはならない、という
ジレンマと日々、闘わなくてはならないの
かも知れないし。


「仕事をする」為に、つく嘘が犯罪者の仮面
みたいになると、仮面を沢山抱え込んでる
精神障害者みたいに、解離性障害を誘因し、
それを遊び、ゲームのように企てる人間が

「大嫌いな自分」を、「居ない」と思わせる
ことに繋がり、「好きになれない自分」から
目をそらし、自分の本質に牙を向ける強さも
自分の内性に語りかけるモラルさえも無く、


「誰かに繋がる為」に、嘘をついたり
「存在させたくない自分」の為に、偽装し。

「自分を偽りたい」という弱さの為に、嘘を
増やし、「好きにならない自分」の為に、

人間が、「自分に似ていない誰か」に似てる
ふりをする。自分を「一番好きでない自分」
という弱虫が、自分に繋がらない、自分に
一番似ていない人に、成り代わりたがる…。


そんな精神障害者が、自分を育てなくして
自分を生きなくして、自分に繋がらない
存在を、自分の体や言葉で演じている!?


だから、「自分育て」を苦手な人には
「あなたの名前は、なんと言いますか?」と
確認し、「あなたの仕事はなんと言いますか」
と訊ねることが必要になる。また、他人とは


繋がらない、繋がりたくない人に関わる必要
はないし、見ず知らずの人に繋がらなくても
悩む必要もない。「誰かに負ける」ことや、

「誰かに勝つこと」は、自分の立場でしか
判断が出来ない。繋がらない人間に、いきなり
試合やゲームのように挑む理由はない。バカな
ヤンキーな、ゲーマーでない限りは他人のまま。


繋がらない、繋がってないのは当たり前。

当たり前を知られない、当たり前に学んで
いない、精神障害者が家族や親族や友人を
分からないのは、知能障害でない限りは?


「自分の現実」と繋がる、本名で生きるしか
他人とは繋がらない、ということ。友達では
ないから、仲間ではないから、人間関係とは

バーチャル世界さながらに、まやかしの登場
人物と化し、知らない人、繋がらない人と
「どうどもいいことをやる為」に今日だけ
繋がる、というだけの無関係者と犯罪?



知らない人と、犯罪をやる為に繋がる顔を
精神障害者が、あちこちで見ず知らずの
繋がらない他人と、臨時の犯罪者ごっこ。


そんな人たちの、バーチャル世界とは
「自分を生かす」とか、「自分を育てる」
ということが、面倒のようだ。共産党でね

世界には繋がらない、成長をしない人との
一度だけの関係や、1日だけの友達ごっこ
というのがある、という。病気なんだね。


私には、無関係な精神障害者の住む世界。
嘘と、狂言だけの猿芝居。共産党が習慣化!

日常でやり尽くしていた、遊んでいたその
世界感とは、現実を知らない人が現実を
見ない仲間と、1日だけやる狂言と嘘と
詐欺の世界。


それをかわいそうなことだと分かると、
関わりたくはない。ずるいから。



学んではない、身に付いていない、成長や
経験は無い。その日常だけを使って生きる
人たちに

「人間にならないの?」「心は凍えてる?」
そう聞いてみたい。寒くないですか?


あなたの魂、あなたの人生は侘しくない?
幸せでしたか? あたたかい日に笑った?


自分のこと。大好きになりたいと思うまで
自分の目で、現実が見れない、という病気の
人たちが増えちゃったね。自分をスルーして、

自分自身を町や部屋に置き去りにしてきた
人たち。あなたは、あなた自身が嫌いだから


あなた自身の名前で、生きれないんだね。

あなたの生まれた日に、あなたは自分が
死んだように、自分に蓋をしたんだよね。

スルーして、嘘ばかりを言いながら?
あなたが、あなたを生まれた日に捨てて
来たように、私もあなたには繋がらない。




















人間に、
人間らしさを語らせたなら、こんなことを

熱く、愉しく嬉しそうに語り合えるんだが。




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生きて
生きて

生きたら
生きていた


それを
《信心》と説くと

《かむながら》は
《いのち》には繋がる
ということがわかります



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神には
神の都合があるから

《嘘も方便》とか
《賽銭箱》もある


神社で境内の風景や
社殿を管理したり
維持しなくてはならない

だから、神様にいて頂く為に
(神霊をお祀りする為に)

神社運営にお金を使います。
だから、欲深い人はタダで
願いを叶えてもらいたがるし


私利私欲があるのに、自分は
霊能力があるふりをした人が
神様には繋がらない場所にいて

神様に繋がるように嘘をつく
ことがある。だけど、人間が

学問を学ぶ為に日本にいて
日本語を話せたなら、お経や
祝詞は、誰にでも詠めるので

声にだして詠めるなら
読んでみたほうたがいい。



萩原宏枝(鈴木霄)が
祓い清めを受けてきた中で

萩原宏枝という日本語から
萩原宏枝として挙げてきた
祝詞が、嘘かほんとかは
別にして


日本にいて、東京新宿の
団地にいて、平成4年9月から

警蹕をあげていたことは
私が生きて記憶をしたこと
だったので、私の成り代わり

私のふりをする顔がいたこと
により危害を受けてきたこと

それを顕著にする為に、自分に
近年起きてきたハラスメント、

弾圧、強盗、誹謗中傷などの
被害の体験として、明らかに
して、自分の詠んでいた祝詞を

どういうものか記しておこう
と思います。


本名を言えないと
祝詞は言えない

萩原宏枝のライフワークは
これを生きたら、乳癌には
取り組めたということ。


取り組むということは
自分を飾らない、自分の
居場所と、生まれた日を
きちんと明らかに出来る人。


神様に、私はここにいますよ
と伝えられること。名前は

赤ちゃんの時に、お宮参りで
生まれたことをお祝いしている。


だから、
《ありがとうございます!》

ということは神様へのご縁を
頂いた、ということですので

《有り難く頂きます》と
手を合わせると祝詞も生きる…。



鈴木霄こと、@宏枝



私、宏枝は

祖母、鈴木イシが祝詞を読み
母の胎内にいて祝詞を聞いて
いた。その私には行ったことが
ない、行ってみたい場所があり

祖母、イシが生まれた新潟県は
糸魚川にある天津神社です。


糸魚川市で教師をしていた祖母。
祖父と結婚し、新宿に移り住んで
新宿で亡くなった祖母。教師時代
祖母が詣でたであろう天津神社…。


糸魚川の天津神社を想いながら
これを掲載してみました。


《わだつみ》を《天津》と
詠みながら、糸魚川の天津神社
への神詣でをしている気持ちに
なりたいと思います。@宏枝



参照/Wikipediaから↓
《新潟県糸魚川》天津神社




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2017年1月5日



母が自身のスマホから
撮影した富士の山と夕陽



いつの頃からか
祝詞をあげるようになり

いつの頃からか
警蹕をあげだした。


平成4年9月20日から
1週間あげていた。


霊体質であるということは
他人からは見えない奇跡や
軌跡、体験を積み重ねていく。



警蹕があがらなくなった、
出なくなったということ。

暮らす場所は、古墳に
繋がり、縄文時代の憧憬を
見えなくした、という事由。



人間の記憶は

自分を過去に置き去りにし
未来への道を切り開くべく
あらゆる経験や沢山の人々や

色々な艱難辛苦と共に悩み
傷つき、学び知るであろうこと。


そのひとつひとつに
自分の心が、生きていること
そのものを堪能したり、喜び

自らを未開の境地へと誘う
けれども、置き忘れた己は
記憶を無くした魂は、

身体にも
日常にも、『誰とも違う未来』
だとか、『誰にも似ていない』
自分の至福や長所に、それが


『神からの賜物』とし感謝したり
それを特別な褒美であるかの
ように自身の暮らしを満喫し


自分が生まれ育った場所や
自分が生きてきた環境について

過去からの導きなのではないかと
自分自身のライフワークを構築し
それを生きる指針や修行とし


『自分らしさ』を突き詰めて
行くような生き方に、自らの
幸せや仕事や家族が存在し

もしかしたら、雨の日にも
真新しい傘を差して出歩き

傘であふれた街なかで何か
不思議な幸せを感じることも
生きている中では感じるかも
知れない。もしかしたら?


病気になり、治療をしている
うちに、家庭の医学を読んで
医学マニアになるかも知れないし。


人間にある不思議な能力や
奇跡とは、あらゆる社会経験や
様々な艱難辛苦によって自分が
忘れていた自分の得意なことや

自分の知らなかった自分の
能力に自分から気付けるかも
知れない。それを霊体質なら

身体で色んなリスクを感じたり
身体的な苦痛を負わされて


自分を自分で放棄したくなるかも
知れない。しかし、人間は霊性に
より開眼したり成長をし

他人からは見えない苦痛と
同じくらいに、幸せな体験も
するかも知れない。だから、


心は自分に誠実に、自分に優しく
他者に真摯に、慎ましき人間と
して、自らの為に自らが

泣いてあげられる素直さや良心を、
自分の霊性の進化や成長の為に
備えた方がいいと私なら思う。


人間になったら
自分で、自分だけは放棄せずに

自分の未来の為にきれいに笑い
慎ましく泣ける家に生きて、


『こんな自分だけど』とか
『せっかくだから』と

何でも自分で学んだ方がいいの
かも知れません。あなた任せより

私の為に、私は成長していく方が
いいかも知れませんー。


という訳で、ありのまんまに
乳癌だけど、生きています!



霊体質ではありますが。

他人様には見えない人生では
ございますが。知らない人に

知らないからと怒ることは
致しませんが、分からない人や
知りたがらない方々には、やはり

申し訳ございませんが、何の
ご縁もゆかりもないので、

私には構わないで下さいませ。


私は、ほんとの自分を生きて
いるし、生きて参りました。

嘘偽りのない真実を生きてきて、
自分に命を張り、生きています。


ほんとの肉体に、ほんとの自分に
命を張って来ました。迷わない
ように、間違わないように己を
活かしたい。


せっかく生まれて来たのだから、

自分の時間に、自分の人生に
悔やまないでいたいと思います。



1965年4月8日に入園した新宿
西大久保にあった幼稚園。

キリスト教の幼稚園。西大久保
幼稚園だ。そこは歌舞伎町。


2002年夏、
私は新宿の大久保通りに暮らし、

その幼稚園『新宿西教会』の在った
跡地にある建物の十字架を、

マンションの最上階、10階の
部屋から時々眺めていた。


4歳から6歳の3年間を通っていた
幼稚園が在った跡地にはマンション
が建ち、幼稚園は廃園になった…。

教会はビルの中に残された。


新宿は、大久保通りから
調布市に移り住むまでの暮らし。


私の環境が変わりだしたのは、
その大久保通り暮らしをする前、

渋谷区にいた独居の身内と同居をし
渋谷区の玉川通り近くにいた時から、
色々な風景を眺めることになった。


小学校時代を渋谷区の住宅街、

一時期を過ごした界隈に、私は
母の叔母の暮らす南平台町にいて
渋谷区住民に戻ったことがあった。


渋谷区の小学校に一時期通っていた
私には、渋谷区は第2のふるさと。

色々な体験をし、がんになった
母と様々な風景の中、暮らして
新宿、渋谷、調布、多摩市の中

様々な体験を繰り返しては
命を生きて来た私がいる。



@宏枝でした。










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2017年3月13日:記録


Twitterに書いたツイートから…。


人間は、自分のことは扱えない。
他人からの影響により動きやすい。


他人から 「何かを言われてる」と
反応しやすい。自分を分からないと

「それ以外の他人」や、「違う場所」の
ことは、見えにくくなる。


背中をかきたい人が、一緒にいる人に
背中をかいてもらう。恥をかくことを
嫌うと、背中を人にかいてもらえない!


気を許した相手、信用した相手にしか
背中はかいてもらえないんだよ。恥を
「さらす」ということは、裸になること。


自分を「誰かに見せる」、「人に委ねる」
ということだ。感謝をして生きないと

「背中をかいて!」と言えない。




だから、
(ツイートから)


「意を決して」という意味に、
「完全に」という言葉がある。「己を足る」存在でないと、「完全に生き抜く」ことは、難しい。

謙虚で誠実で真摯で素直な精神からでないと、「完全に自分自身の性根は治せない」と、推して知るべきだね。



@hiroepurify

「意を決して」自らの罪に懺悔し

「意を決して」自らの命を張り、誤らない、間違わない覚悟をして、「完全に悪に立ち向かいます」と言えないと、自分自身の邪気や弱さや欲望には勝てないよ。
「完全に自分を叩きのめし、自分の弱さやずるさを直します!」の精神でないと




@hiroepurify

「慎ましく、誠実に、ありのままに、実直に生きていきます」と言えないと、「完全に」は使ってはならないのよ。
「有難き知恵と、人々の誠意と思いやりに触れて」「完全に己を鍛え直す覚悟をしました」でなきゃ、人間は精神障害になると治療出来ないよ。脳は、それを軸にする



「感謝」を忘れると、「感じない」「ありがとうが言えない」人間になる。「感じいること」は、自分を壊さない。「感じいる」ということは、自分であることを生きて、活かせるということ。

「感じいる」自分なら、「ありがとう」も「ごめんなさい」も素直に言える。素直であることが、完全に近づける




@hiroepurify

完全であることは難しい。「完全」な人間は居ない。だから、「余りあること」に感謝をする。

「色々なこと」に敬意を払う。あらゆる職業に感謝をし、様々な立場に礼儀をもち接する。

色々なことを見える、分かる人になる。それが「分別を持つ」こと。分別は「誠意」の意!




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自分が暮らす市内で

様々な精神障害者や、発達障害に遭遇
する日常の中にある、彼らの迷惑行為、
彼らの不可解な様子や日常に対して

Twitterは、彼らの愛読書代わりとされて
きた私の日常にある想い、感想である。


人は、「鏡の中に映る自分」を見えなくて
「お腹がすいた自分」には、感じている。

だから、人間は自分勝手になりやすい。
「どんな人間か」を考えて生きれないのに、

「自分ではない誰か」のせいにしている。


乳がんになり、腋窩リンパ節郭清なる
手術を体験した。腕が上がらなくなる。


肩が上がらなくなる。ブラジャーの留め金、
ホックが自分で留められなくなる。バスで

吊革を掴めなかった。手術して退院後は
しばらくは、ブラジャーのホックも自分で
留められない。バスの吊革も掴めないんだ。

恥をかく、みじめになる体験なんだよ!


痛いし、退院して何週間かは体が
言うことをきかない。自由にならない。

背中をかけない、ブラジャーのホックを
留められなくなる。泣きたくなるんだよ。

要介護認定を受けた高齢者みたいに、ね。


一人暮らしなら、背中に腕が回らなくて
泣きながら、ブラジャーのホックを留める
のではないかな。自分で下着が着れない!


「ブラジャーのホック留めて!」と、
同居人やパートナーに頼む気持ちを
「ありがとう」にして生きた乳がんに

他人は気づかない。他人は、しょせん
分からないんだよ。人の痛みや苦痛や
悲しみなんて、分からないんだよ。

分からないと、ハラスメントをしたり
意地悪をしたり、妬んだり、嘘をつく
詐欺やデタラメをやる、デタラメを話す
ずるさを身に付けて、己をダメにするの。


がんはね、自分をダメにしたら治せない!

自分が狂わないようにしないと、世の中の
誤りや悪意に潰されちゃうんだよ。


正しくないと、がんに立ち向かえない。



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ブログネタ
医学まるかじり に参加中!
以前、長く新宿区の国立病院に
通院していた。母も私も、産婦人科に
通っていた。定期検診に通っていた!


その産婦人科で、面白い光景を見た。


産婦人科の前に、小児科があり
長時間、産婦人科の外来にいると

乳幼児が、小児科の外来で
保育園さながら暴れまわる姿を見ている
ことになる。小児科には1歳くらいから
成人したような青年まで通って来ていた。


中には、成人した青年が外来にいて
担当医師に、ガールフレンドを会わせる
為に久々に検査に来て、紹介する光景を
視る機会があり、驚いたことを覚えてる!


産婦人科外来に、待合室で3時間も待って
いると、視線の先には小児科があって

その小児科の前にいて、外来で考える
ことは、「親子」とか 「遺伝子」のこと。


子供たちだけで遊んでいたり、子供を
ベビーベッドに寝かせているのだが

中には、児童書を読む子供たちが騒ぎ
泣いたりしているのに、親が宥めない。


不思議にして視ていると、子供たちが
お互いを宥めあっている。その姿とは?

母親の宥めかたを、真似しているのである。

2つにならないかの年頃の赤ちゃんに、
4つくらいの子供が頭をなでたり、何か
諭している。母親や父親は知らん顔して

目をチラリと子供たちに向けて、親だけの
井戸端会議さながらに話し込んでいた!


子供たちは、保育園さながらに宥めあい、
勝手知ったる本棚から本を出して来て

おませな子供は、お世話好きなのか
自分より小さな乳児に読み聞かせている。
彼らは、成長しながら小児科外来に通う。


その姿は、見た目に「小さな巨人」であり、
親を、未来の大人をイメージさせるのだ。

利発な子供、ゆったりノンビリした子供、
小憎らしくしてる子供に注意している子。

何か大人になった時の、彼らの未来予想図
みたいで、思わず笑ってしまった。人間。


彼らは、人間を生きている。ありありと!?


小児科外来にいて、人間を知るのである。
産婦人科の外来が、小児科の前にあるので、

否が応にも、数時間イスに座り小児科の
子供たちを視なくては成らない。数時間、

年に数回、病院で子供たちを視て来た!


頭の形を見たら、父親か母親を探せる。
歩き方を見たら、親の雰囲気に気付く。

小児科外来に来ている子供たちを視てると、
明らかに親の遺伝子を背負った子供たちを
見ることになる。コピー機さながらなんだ。


人間は、愉快である。嘘が無く、確かに
遺伝子を表現し、体型、骨格、横顔、
後ろ姿。親を生き写しに表している。


両親揃って外来にいると、どちら似なのか
明らかに、誰の子か分かるのだ。人間は
1歳過ぎて、歩き出したら親のコピーだ。


800床以上ある総合病院ならでは、という
体験である。なかなか生命というものを
知るのは、楽しい体験である…。



母が、子宮頸がんで
産婦人科病棟に入院中に、天皇誕生日に
(1999年師走)何人かの新生児が誕生し

がんで入院していた母の前で、保育器に
入った赤ちゃんたちが、病棟のフロアを
賑わせていたことも、懐かしい思い出。


あの赤ちゃんたちは、今や18歳となり
今年、この3月に高校を卒業するのだ。

そんな生命の神秘を思いながら、これを
見つけたので、参考までに掲載すると


「看護のための人間発達学」。
面白そうな医学書だ。



看護のための人間発達学 第5版
舟島 なをみ
医学書院
2017-02-20




看護のための人間発達学


(第5版)

著:舟島 なをみ/望月 美知代

判型 B5頁 312発行 2017年02月
定価 3,240円 (本体3,000円+税8%)
ISBN:978-4-260-02875-2


人間の心と身体の発達過程を解説した
看護・医療系専門職養成校向けテキスト
の改訂版


人間が胎児期から乳幼児期、学童期、思春
期、青年期、成人期、老年期へと成長発達
していく過程における、さまざまな心と
身体の正常な発達に関する解説書。

第5版では、各種データを更新し、内容の
充実を図るとともに、家庭・子どもの貧困、
ニート、引きこもりといった今日的な話題も
充足した。







目次


第Ⅰ部 人間発達学の概説 

 第1章 人間と発達 

  人間発達学とその意義 
    人間を理解するための視点 
    人間発達学の定義 
    人間発達学の意義 

  人間発達学における発達とその関連用語 
    発達の定義 
    発達をとりまく関連用語 

  人間の発達における共通性 
    発達の方向性 
    発達の連続性 
    臨界期(感受性期) 
    発達の個人差 

  発達に影響を及ぼす因子 
    遺伝 
    神経 
    ホルモン 
    栄養 
    季節,気候,酸素濃度 
    病気 
    対人関係 
    文化 


 第2章 発達理論とその歴史的展開 

  発達理論を理解する前提-用語「理論」の理解 

  発達理論の歴史的展開 
    前成説と後成説 
    ロックの理論 
    ルソーの理論 

  現代の発達理論 
    ゲゼルの発達理論 
    エリクソンの自我発達理論 
    ピアジェの認知発達理論 
    ボウルビィの愛着の理論 
    レビンソンの成人の発達理論 
    ハヴィガーストの発達理論 


第Ⅱ部 人間のライフサイクルと発達 

 第3章 胎児期の心と身体 

  人間のライフサイクルにおける胎児期 

  心と身体の特徴 

  形態・機能的側面の発達 
    形態の発達 
    身体各部のつりあい 
    身長と体重 
    機能の発達 

  心理的側面の発達 
    意識の芽生え 
    自我の形成 
    性格の素因の形成 

  発達の評価 
    身体の評価 
    肺成熟の評価 
    中枢神経系機能の評価 

  胎児の発達に関わる問題と発達に影響を及ぼす因子 
    胎児の死亡原因 
    胎児の発達に影響を及ぼす因子 

  発達に必要な支援 
    母親の健康状態の確認と胎児の順調な発達の確認 
    胎児の異常の早期発見・早期対応 


 第4章 乳幼児期の心と身体 

  人間のライフサイクルにおける乳幼児期 

  心と身体の特徴 

  形態・機能的側面の発達 
    身体各部のつりあい 
    身長と体重 
    身体の評価 
    頭囲と胸囲 
    歯 
    骨 
    脳・神経系 
    反射 
    呼吸と循環 
    消化吸収 
    排泄 
    免疫 
    運動 

  心理・社会的側面の発達 
    自我,思考,愛着 
    遊び 
    言語 

  発達の評価 
    知能の評価(知能指数) 
    多側面の発達の総合評価 

  発達に関わる健康上の問題 
    死因順位・受療率から見た問題 
    排泄行動獲得の過程で生じる問題 
    アレルギー 
    児童虐待 

  発達に必要な支援 
    健全な家族の育成と子育て支援策の推進 
    順調な発達の確認と異常の早期発見・早期対応 
    感染症の予防 


 第5章 学童期の心と身体 

  人間のライフサイクルにおける学童期 

  心と身体の特徴 

  形態・機能的側面の発達 
    身長・体重 
    身長と体重による肥満とやせの評価 
    歯 
    骨 
    呼吸と循環機能 
    リンパ系組織 
    運動 

  心理・社会的側面の発達 
    自我,思考,愛着 
    自己概念 

  発達に関わる健康上の問題 
    死因順位・受療率から見た問題 
    運動能力と生活 
    肥満・やせと生活 
    過密な生活スケジュールと疲労 
    離婚による両親との別離 
    子どもの貧困 

  発達に必要な支援 
    健康診断と健康相談による発達状態の確認と異常の早期発見 
    自らの健康管理,改善に必要な知識,技術の習得の支援 
    安全の確保に向けた知識,技術の習得の支援 


 第6章 思春期の心と身体 

  人間のライフサイクルにおける思春期 
  心と身体の特徴 

  形態・機能的側面の発達 
    内分泌の変化 
    第2次性徴の出現 
    身長・体重の変化と発達加速化現象
 
  心理・社会的側面の発達 
    認知と自我 
    社会的地位の変化 
    統合体としての思春期 

  発達に関わる健康上の問題 
    死因順位・受療率から見た問題 
    生活行動に関連する問題 
    法に触れる行為や犯罪 
    薬物乱用 
    高等学校中途退学
 
  発達に必要な支援 


 第7章 青年期の心と身体 

  人間のライフサイクルにおける青年期 

  心と身体の特徴 

  形態・機能的側面の発達 

  心理・社会的側面の発達 
    アイデンティティ 
    職業的社会化 
    親密感の獲得 

  発達に関わる健康上の問題 
    死因順位・受療率から見た問題 
    若年無業者とひきこもり 
    カルト 
    晩婚化と非婚化 

  発達に必要な支援 
    大学における学生支援体制の活用 
    就職支援システムの活用 
    地域に開かれた相談機関の活用 


 第8章 成人期の心と身体 

  人間のライフサイクルにおける成人期 

  心と身体の特徴 

  形態・機能的側面の発達 

  心理・社会的側面の発達 
    成人期とストレス 
    成人期と喪失体験 

  発達に関わる健康上の問題 
    死因順位と受療率から見た問題 
    成人期の自殺 
    うつ病 
    成人女性の閉経と更年期障害 
    成人期とワーク・ライフ・バランス 
    定年退職 

  発達に必要な支援 
    健全な生活習慣の確立による生活習慣病の予防 


 第9章 老年期の心と身体 

  人間のライフサイクルにおける老年期 

  心と身体の特徴 

  形態・機能的側面の発達 
    形態の変化 
    機能の変化 

  心理・社会的側面の発達 
    老年期と死 
    老年期の知能と記憶 
    老年期の生活 

  発達の評価 
    生活機能評価 
    障害をもつ高齢者の日常生活の評価 
    知能検査 

  発達に関わる健康上の問題 
    死因順位と受療率から見た問題 
    認知症 
    健康障害と「寝たきり」 
    社会的孤立 
    虐待 
    生活と事故 

  発達に必要な支援 
    法的基盤の理解とそれに伴う社会資源の活用 
    個人への支援とソーシャルサポート 



✒索引 
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鈴木霄の呟き


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ツイートから


ホンミョウを話せない精神障害者は、
鈴木霄にハラスメントをやるが。


歌舞伎町に生きた人たちを知らない犯罪者や
精神障害者は、何にも知らないかも知れない。


新宿区の区役所通りと、職安通りを知らない
ままモノを話すと人間の底辺に気付かない。

無知は罪じゃないが、生は千差万別。
万を識る礼儀は必要!



@hiroepurify
人間を識らずして、人間を語るな。
鈴木霄の持論。犯罪者の犠牲にならずして、
正義を語るな。精神障害者を知らずして人間
社会を語るな。人間には、万がある。

社会とは、1億分の1を生きてきた命の
集まりである。1億の命のリーダーは、
自分の分を知る能力の持ち主のこと。



当たり屋とは、己を語れない人。
ハラスメントとは、仲間を増やす人。


@hiroepurify
人道とは生命である。生命を語れないモノを、
他は居ないことになる。生命は万物にあり。

一人は人。自分という命にならずして、他者
知る者にはなれず。愛無くして魂生きれず。
人は己を生き、他を知る者。他を知らずして
己を生きれるなかれ。ホンモノは底辺に生き
死にゆくモノ


「大地」を知らずして、歩かずして
「天」を語るモノは、犯罪者である。


@hiroepurify
神とは、地を知り、万物を知り、
血を知り、生を生き、他を思う存在。


「精神病質」になると、「サイコパス」と
いう括りから、はみ出していく時に

発達障害だと分かりやすい!


知的障害者のふりをすると
文章を書けなくなる。一人称を好まない。


世間知らずでは
文章を書ける。嘘を話す癖があり
作り話をしている。しかし、人間は

精神病質にならないと、言わないことがある。
精神病質では、嘘をついた記憶に自分が
居座る。

精神疾患がないと、自分の居場所を仕事や
生きがいや趣味により流動的である。
しかし、精神病質は流動的ではない


精神病質は、仕事、趣味、得意を持つと
こだわり、居座る。


@hiroepurify
しかし、精神病質でない人は
流動的で、様々な体験を記憶に絡ませ成長し
発展し、成長している。生まれたことや成長
していく中にいて、模索や思考や探求をする。

心とは豊かでありたいとか、成長を望む
ように思考する。


@hiroepurify
豊かさは、楽しいとか?
嬉しいとか、ラッキーだという体験を積み
重ね、それを幸せだと感じたり、その余韻に
ひたることがあるから、だろう。

幸せに繋がらない人たちは「経験不足」や、
「世間知らず」というコンプレックスや
「艱難辛苦」に繋がらない環境にいた場合が
ある





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ブログネタ
サイエンスへの扉 に参加中!
人間は、無知をひけらかす!


しかし、人間は〈勘違い〉も習性として
ある。精神性や知性や知識に頼ることは
人間らしい行為であり、感覚である。


例えば、がんを見逃しやすい人たちに
共通した話は、一般的な健康診断から

『がんを見逃された』という罹患者や
健康おたくな人たちがいる。実際には?


『血液検査』や、『尿検査』や『検便』
だけでは見えない、分からないがんがある。


しかし、一般的に市区町村の健康診断で
『検査をしたから病気は分かるはず!』
というのは、人間の妄想でしかない。


例えば、『高脂血症』や『腎臓病』や
『糖尿病』が分かる血液検査で、人間は

『乳がん』や『子宮筋腫』や『心臓病』や
『胃がん』や『肺がん』は、分からない。


しかし、人間は『健康診断を受けてきた』
という人たちは、健康診断で分からない
疾患に、見逃された感覚に陥ることがある。

という現実は、何処にあるのか?


要するに、『生化学』を知らないから

『病院にかかると、全て見逃されない』
とか、『病院にかかると分かる』という
妄想に陥ってしまうのだ。知らぬが仏だ!


『がんに成りたくない』弱虫風を吹かせて
いる人間に、『がん検診に行きましょう』
とか、

『健康診断を受けてますか?』と言うと
大半は、ごまかしたり答えたがらない!?


要するに、病気を怖がる人は、病気だけで
ない、電車に乗れないか現実回避型など。

精神障害に罹患し、自分の生命に対して
日常的に直視をしないままに生きている
人であるケース。


病気に疎いのは、気弱や臆病や、精神疾患
により知りたがらない人であるケースなど。


人間は、『病気になった!』という感情に
さいなまれたら、病気に負けたのではなく
自分の内面に突き当たると、脳や心の中で

ジタバタする妄想を始める。つまり、普段
他人の生命に優しくないと、病気に慌てる
場合や、知識がない人は不安症に陥る。


『病気かも知れない』と考える人は?
病気を解明したい。しかし、病気になると
他人の苦痛や人生に繋がっていない人間は

『自分だけの不幸』に、がんじがらめに
なる。それを、『ワガママ』だと認識が
出来ると、

病気に『勉強になりました!』と言える
ようになる。


がん患者は、大半が其れ。
(中にはノイローゼになる人もいるが?)


という訳で、『生化学』についてを
人間が、如何に知らないままに人間を生き
人間が、『生きている自分』に疎いのかが
分かります。勉強しても損はないのです!




標準生化学


著:藤田 道也

判型 B5頁 368発行 2012年08月
定価 5,400円 (本体5,000円+税8%)
ISBN:978-4-260-00801-3


序文
生化学への理解を促す工夫に満ちた教科書


生化学の基本的事項からの記述や図の多用など、
生化学の教育に長年携わってきた著者の単独
執筆だからこそ成しえた工夫に満ちた教科書。
生化学において重要な代謝の解説に重きを
置く一方、がんの基礎医学の理解のため細胞
周期の制御とがん関連タンパク質にも詳細な
言及がされるなど、類書を見ないユニークな
内容構成。
随所で最新の学説も紹介されており、知的
好奇心を刺激されながら読み通したくなる
1冊。







 

なぜ生化学を学ぶことがだいじなのか 

 われわれのからだは物質(原子・分子)を
抜きに語ることはできない。これらの物質が
互いに作用し合うことによってはじめて細胞
・組織・器官が機能し,さらに個体としての
生命活動を営むことが可能になる。
人間としての生命活動を最も基本的なレベル
で支えているのが物質とそれらの間の反応で
あることは議論の余地がない。 
 この人間活動の最も基本的な機構を理解
するためにあるのが「生化学」という教科で
ある。生化学はその先端においてなお発達を
続けつつも,その大方においてすでに単なる
学問の段階を通り過ぎ「生体を理解するため
の基本的な知識」つまり「医学における常識」
として定着している。 
 この教科を学ぶことで栄養学,分子医学・
分子生物学がよりよく理解されるとともに,
健康とは何か,病気とは何かという医学の
根本問題をその基礎において理解するため
の確かな道が拓〈ひら〉かれるのである。





目次


第1章 生化学から見た人体の作り 

 I 人体の単位-細胞 
  1.形質膜(細胞膜) 
  2.核 
  3.小胞体 
  4.ゴルジ装置 
  5.リソソーム 
  6.ミトコンドリア 
  7.ペルオキシソーム 
  8.細胞骨格 
  9.サイトゾル 
  10.細胞の極性 
  11.細胞間マトリックス 

 II 器官と組織 
  1.循環系 
  2.消化系 
  3.呼吸系 
  4.泌尿系 
  5.内分泌系 
  6.神経系 


第2章 生体の物質的基礎 

 I 生体を構成する元素とそれらの作る結合 
  1.生体に多い6元素と量比 
  2.生体元素の作る結合 

 II 糖質(糖) 
  1.糖質の基本構造と性質 
  2.単糖の構造と性質 
  3.単糖の誘導体 
  4.多糖(グリカン) 

 III 脂質 
  1.脂質の性質と基本構造 
  2.脂肪酸 
  3.単純脂質 
  4.複合脂質 

 IV アミノ酸,ペプチド,タンパク質 
  1.アミノ酸 
  2.ペプチドとポリペプチド 
  3.複合タンパク質 

 V ヌクレオチドと核酸 
  1.ヌクレオチド 
  2.核酸 


第3章 人体の基本代謝 

 I 代謝総論 
  1.異化と同化 
  2.代謝の調節 
  3.代謝系のバランス 
  4.代謝の区画化 
  5.酵素の本体 
  6.酵素キネティックス(酵素反応速度論) 
  7.アロステリック効果 
  8.誘導適合仮説 
  9.酵素の分類 
  10.酵素の命名 

 II 糖質の分解 
  1.解糖系への基質の供給 
  2.解糖 

 III 脂質の分解(脂肪酸酸化) 
  1.脂肪酸酸化系への基質の供給 
  2.脂肪酸の酸化 

 IV アミノ酸の異化 
  1.アミノ基転移 
  2.尿素回路 
  3.炭素骨格の異化 
  4.生理活性物質への転化 
  5.アミノ酸代謝の異常 

 V ヌクレオチドの異化 
  1.プリンヌクレオチドの異化 
  2.ピリミジンヌクレオチドの異化 
  3.ヌクレオチドのその他の代謝と塩基の回収 

 VI 共通の終末酸化系-クエン酸回路と呼吸鎖 
  1.クエン酸回路(TCAサイクル) 
  2.呼吸鎖(電子伝達系) 

 VII グルコースの合成 
  1.糖新生(グルコネオゲネシス) 
  2.フルクトース,ガラクトースのグルコースへの転化 

 VIII 脂質の合成 
  1.脂肪酸の合成 
  2.グリセロ脂質の合成 
  3.スフィンゴ脂質の合成 

 IX 塩基とヌクレオチドの合成 
  1.プリン塩基とプリンヌクレオチドの合成 
  2.ピリミジン塩基とピリミジンヌクレオチドの合成 


第4章 基本代謝系の相関と統合 

 I 代謝経路における調節 
  1.グルコース代謝の調節 
  2.グリコーゲン代謝の調節 
  3.脂肪酸とトリアシルグリセロール代謝の調節 

 II 器官・組織における代謝の統合 
  1.ホルモンによる代謝の統合 
  2.受容体シグナリング 

 III エネルギー代謝の病態-肥満と2型糖尿病 
  1.肥満 
  2.インスリン抵抗性 
  3.2型糖尿病 


第5章 遺伝情報の発現と保存 

 I 遺伝情報の発現 
  1.転写 
  2.スプライシング 
  3.転写のその他の問題-エピジェネシス 
  4.翻訳 

 II 遺伝情報の保存と変化 
  1.DNAの複製 
  2.DNAの損傷と修復 
  3.組換え 

 III 細胞増殖 
  1.細胞周期とその制御 
  2.細胞周期制御の異常 


第6章 血液と細胞性ストレス 

 I 血液 
  1.リポタンパク質 
  2.凝固と線溶 
  3.ヘムの合成と分解(ポルフィリン代謝) 

 II 細胞性ストレス 
  1.酸化ストレス 
  2.小胞体ストレス 




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2012/06/26 21:03 / 魂-自分探し



わたくしにとって、今が

これから先、起きることの
標になることを学んだ!!


真実を
生きれる人は、幸せです。


真実を
語れる人は、強い人です。


真実を
分かる人は、誠実です。


真実を
見える人は、美しい人です。


真実を
守りたい人は、豊かです。


真実に
何も恥じることがなく、自ら
真実を、全う出来る人々とは、

神々により愛され、神々から
守られ、神々に導かれる人…。




-------------------------------------------



さて、「スピリチュアル」を
どういうものか、分かりやすく
顕著にすると「スピリチュアル」
というものは、人の「魂」を顕す

そういうもの。「魂」が明らか
となる、本当のその人が顕著に
なる、それを明らかにするもの。


例えて言うなら?

現世で「精神病」だった人が、
肉体死後に、どんな人間だった
のかというのを、自らが死後に
映像にして、観るようになり…


また、身体的な障害がある人が
肉体死後には、体に何ら障害は
残らない為、障害があったこと、

肉体的に体験、体感した障害に
関する意味についてを知らされる。


また、人間社会における過ち、
罪、してきたこと、というのは

肉体死後には、第三者にバレて
ない、気付かれなかった、何も
知られていなかった場合もまた、

人間として、その姿は、死後に
「どんな罰があるか」が、顕著
となり、その罪は償うまでは

明らかに「カルマ」となる!?



償わず、省みず、呵責を感じない、
そういう感情がある限り、魂とは
罰が残り、輪廻は困難になり

また、親や先祖の罪というのは
子孫が負わされているケースや、
自身が「身体的」リスクや、日常


その環境に、未熟さや脆さが出る
こともあります。生きるとは?


「魂」という本質、真実が通常
見えにくい、分かりにくいこと
にはなりますが。生きざまが

その「魂」たる、その人の本質、
神から「見えていること」を備え


神に「査定される」ものを写し、
神々により明らかにされていく
こと、であることを推して知る
べきなのであります。


肉体とは、「己」の有り様を隠し
「真実」をも、見えにくくします。


しかし、「肉体」というものは
あくまでも、自らの人生では?

「居場所」となり、与えられた
寿命、「時間」により有効となる、


云わば、肉体は人間社会に生きる
為に、霊体「魂」を一定期間のみ、
その霊体が人間となる為に与えて
もらった、「宿」のようなものだ。


それにより、「魂」とは?
罪の償いをしたり、更生したり、

役割を担ったり、それぞれが
各々に課題に取り組み、魂を
磨いたり、肉体を自らの修業
となるよう、活用する。

それが、現世の意図、目的である。


肉体死後というのは?

霊体である「自分の本質」が残る、
それらが、生き続けていくのだと

人間界での「生きてきた姿」を
人間界で「してきたこと」を?

顕著にする世界だということを、
皆々様には認識して頂きたい!!



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2013/05/26 07:32  生きる:愛する



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"ひとつだけ約束"…。


愛すること、それを
「家族」が、選びました!

家族が、最後の家に帰る時
皆が幸せになります。


もしも
この世に、心から愛する
大切な、大事な人がいたら

どうか、その人だけは
裏切らない、その人だけは

見失わず、どうか、どうか
その人の「いのち」を
抱きしめて下さい…。


もしも
血の繋がる家族が誰も
居なかったなら、もし今

ひとりぼっちだったなら


どうか、どうかあなたを今、

必要としている人をあなたが、
探してあげて下さい。


あなたの「いのち」が、今
誰かを癒し、誰かをあたため

誰かを幸せにするかも知れない。


あなたの「心」が、誰かを
望むように、誰かが

何処かで、あなたを探している
かも知れない。愛する人を

あなたが、心から愛する人を
あなたの「家族」だと思って、


どうか、あなたにふさわしい
あなたの家族が、生きる為の、
そんな場所になってあげて下さい。



「絆」…。


3.11から、皆さんが気づいた、
皆さんが望んだ、そんな街へ
家族と歩んでみて下さい!


家族が
バラバラにならないように、

あなたの家族が、あなたから
迷子にならないように、どうか

あなたが、愛する人たちの家に
なってあげて下さい!!



▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫



今日、6月19日(日)は
「ロマンスの日」です!


6月19日。日本ロマンチスト協会が制定。
「本当に大切な人と極上の一日を過ごす」
ことを推奨するという日。


詳しくは、こちら⤵
日本ロマンチシスト協会について


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2015/07/24 05:24   魂-自分探し




本当のことは、
分かりにくい


事実は、見えにくい!

自分は、生きにくい。
いのちは、分かりづらい。


だから、記憶をすることがある。
生まれたこと、生きてること。


見えにくいものを、伝えること。
分かりやすいことを、伝えること。


知らないことを、知るということ。
学ばないことより、学ぶことを
続けたい!


気づかないことに、学びたい。
果てしなき知恵に、自分が向かう。


それを、「運命」と知り
それを、「いのち」と捉え

それを、「人生」と説く!


「分からないこと」に出会うこと、
「知らない世界」に出会うこと、

「神」に近づくということ、
「仏」に繋がるということ。


「人間」を知るということ。
「人」になるということ。


ボジソワカ
「菩提薩婆訶」




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2015/07/29 01:18  魂-自分探し



濁りなき者に
勧請ありて


さだめし
未来への道標は

かむながら


かむやまといわれびこ

その神意によって
ゆるがぬ精神(こころ)

人、ひとりひとりの
いのちに説いて

「幸多かれ」と願うがごとく
禊ぎ祓いたまえ、

祓い清めたまえ


己の禊ぎをする者を
神意賜る者とする




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かんながら「随神」


2013/09/13 09:47 魂-自分探し



ご託宣を賜るようになったのは
20代の半ば。昭和61年頃からだ!


祝詞をあげだしたのは
やはり、20代の後半かな。


「霊体質」ということは、
様々なハプニングや軋轢があり

不思議な体験を、多々している。


それらを乗り越えた頃に
母親のがんや、自身の乳がんが
あった。気がつけば、いのちは

医学書の通りには行かない!!


人の道とは、「かんながら」を
識ったことにより、いのちを分かる。


人の道を生きることから、人は
「死」を認識出来る。それは

「人」という存在の有り様を知り、
「肉体」という存在の在り方を
学ぶことにある。


いのちは儚い。しかし、それを
「かんながら」であると知ること。

「神のまま」に、神が与えたままに
生き生きてゆく姿を、自然のように
生きてみること。それ則ち

森羅万象であり、神々の奇跡の
1つであろう。


災害が頻繁になった。雨による水害、
小さな余震含めた地震。その行く末は

人々の不安や、恐怖心を生み出す!


しかし、この地球にあって、自然界は
永く、太古の昔より数多くの震災に
見舞われ、そのたびに

地殻変動を起こし、地球は姿を変えた。


その地球に、人間とは報いる努力や
慎ましさや、優しさというものを
備えたのだろうか?


「一寸先は闇」

震災に怯える人々の不安や悲しみは、
どこまで利他を生きれるのだろうか。


人間とは、「利己」あれば
それは、地球そのものを脅かす存在
となるだろう。煩悩「私利私欲」は、

邪悪なものしか生み出さない!!


その心、その姿、その魂とは?
あらゆる生命を脅かしていくだろう。


「かんながら」…。
神に添いて、自らのいのちに
穢れなく、たおやかでありたい!



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