Prajna/りびんぐ - すけーぷ

お気に入り、世の中に埋もれているモノと私の記録。

タグ:神道

己を知らずして
仏に帰依出来るはずはない

己 知らずして
神に繋がるはずもない。


仏を知らずして
自らを戒めることは出来ない


神 知らずして
地球に、宇宙に通じるはずもない

知恵なくして
自らを清めることなど不可能

名前語らずして
善行、貫けず!

お寺や神社で
本名を名乗れずに御祓は無し





DSC_1885
2018,10,18 月夜




本名で、命を生きなさい。
つまり、芸名やペンネームは

そこに命を与えられていて

それは「うまれましたよ」と
いう意味を与えられています!

だから、その名前で
精一杯に生きなさい
ということを授かるために

お参りがあるんです。


「私は生きています」と
言えない人は、名前やお誕生日を
喜べない人。感謝して生きてない

「生きています」
だから、「ありがとうございます」
ということを「参拝する」ことで

「自分が生きている」
「生きて行きます」を宣言する
ことになる。空も太陽も月も雲も
草木も花も、海も風もその道のり



道のりの
「のり」は、祝詞に繋がる

「のり」は、乗(大乗)に繋がる

「のり」は、法に繋がる
「のり」は、宜に繋がる

「のり」は、儀に繋がる
「のり」は、教に繋がる

「のり」は、礼に繋がる
「のり」は、徳に繋がる
「のり」は、紀に繋がる
「のり」は、祝に繋がる

「道のり」とは神に繋がる


「道のり」は

それを他者から見えない場所にも
存在す。「いのち」とは、それを
全うすること

人は
「道のり」を
ただひたすらに歩むべくして
肉体をたまい、肉体を生かし

自らを育て、自らを敬い
他者を愛する。「道」とは

それを生きている時間のこと
人道には、神が宿ります!

「かむながら」



みことのり

とほかみえみため




かむいらいと
「神居来都」

「神武のみことのり」は
人道、その道のりは

人間なりて
生きるものなれば

人は、神に寄り添い
神に、生かされ幸あれと

生死をたまう者

自然界に、人に、いのちを
分け与えながら、生きる者

魚も、お肉も、お米も、野菜も
かむながら。みことのり




生まれてきてくれて、生きていてくれて
「ありがとう」と言われることが、

生まれてきて与えられた、「お誕生日」
なんです。生まれたんだから、幸せ!


苦しくても、悲しくても「幸せ」だと
言わないと、病気になったら負けちゃう。

震災になったら、病んじゃいます!


病まない為に、「人道」を生きる…。
神に添いて、自然界と、地球と生きる。


地球にいて、地球で泣いたり笑ったり
学んだり、頑張ったり、くじけたり
傷ついたり、艱難辛苦を体験して

四苦八苦して、「諸行無常」を知って
「人間らしさ」を分かるようになる。


分かると、「極楽浄土」に行ける…。
「生まれたから死ぬまで学べる」だけ!


「めでたし、めでたし。 ボジソワカ」
菩提薩婆訶


仏さまみたいに、神さまのそばに
行ける。私の未来は、それだけ!



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生きて
生きて

生きたら
生きていた


それを
《信心》と説くと

《かむながら》は
《いのち》には繋がる
ということがわかります



IMG_20170513_090220




神には
神の都合があるから

《嘘も方便》とか
《賽銭箱》もある


神社で境内の風景や
社殿を管理したり
維持しなくてはならない

だから、神様にいて頂く為に
(神霊をお祀りする為に)

神社運営にお金を使います。
だから、欲深い人はタダで
願いを叶えてもらいたがるし


私利私欲があるのに、自分は
霊能力があるふりをした人が
神様には繋がらない場所にいて

神様に繋がるように嘘をつく
ことがある。だけど、人間が

学問を学ぶ為に日本にいて
日本語を話せたなら、お経や
祝詞は、誰にでも詠めるので

声にだして詠めるなら
読んでみたほうたがいい。



萩原宏枝(鈴木霄)が
祓い清めを受けてきた中で

萩原宏枝という日本語から
萩原宏枝として挙げてきた
祝詞が、嘘かほんとかは
別にして


日本にいて、東京新宿の
団地にいて、平成4年9月から

警蹕をあげていたことは
私が生きて記憶をしたこと
だったので、私の成り代わり

私のふりをする顔がいたこと
により危害を受けてきたこと

それを顕著にする為に、自分に
近年起きてきたハラスメント、

弾圧、強盗、誹謗中傷などの
被害の体験として、明らかに
して、自分の詠んでいた祝詞を

どういうものか記しておこう
と思います。


本名を言えないと
祝詞は言えない

萩原宏枝のライフワークは
これを生きたら、乳癌には
取り組めたということ。


取り組むということは
自分を飾らない、自分の
居場所と、生まれた日を
きちんと明らかに出来る人。


神様に、私はここにいますよ
と伝えられること。名前は

赤ちゃんの時に、お宮参りで
生まれたことをお祝いしている。


だから、
《ありがとうございます!》

ということは神様へのご縁を
頂いた、ということですので

《有り難く頂きます》と
手を合わせると祝詞も生きる…。



鈴木霄こと、@宏枝



私、宏枝は

祖母、鈴木イシが祝詞を読み
母の胎内にいて祝詞を聞いて
いた。その私には行ったことが
ない、行ってみたい場所があり

祖母、イシが生まれた新潟県は
糸魚川にある天津神社です。


糸魚川市で教師をしていた祖母。
祖父と結婚し、新宿に移り住んで
新宿で亡くなった祖母。教師時代
祖母が詣でたであろう天津神社…。


糸魚川の天津神社を想いながら
これを掲載してみました。


《わだつみ》を《天津》と
詠みながら、糸魚川の天津神社
への神詣でをしている気持ちに
なりたいと思います。@宏枝



参照/Wikipediaから↓
《新潟県糸魚川》天津神社




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2012/09/04 (11:17 )人間-いのち




神とは、いったい何なのか

神とは、何を顕し、何を
示してきたのか!?






〈神道〉のこころ(旧版)
葉室 頼昭
春秋社
1997-10-15


「神道」のこころ
¥ 1,890



今は亡き春日大社宮司、
元形成外科医。


葉室頼昭先生が
伝える“人道”とは?


“かむながら”随神により
生きとし生きる生命への思い。


人とは、何かを
医学者であり、神道家である
葉室頼昭さんが伝える著書!!


“神道”“かむながら”を
知らない、分からない方々に

自然界から賜り、生きてきた
生命の根源について、ぜひ

この本から学んで頂きたい
と思い、ご紹介致します…。





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かむながら、人なれば神を知り、

神に習い、人となる。       宏枝



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2012年5月28日の記録から



生まれてきてくれて
「ありがとう」そこから始まる…

そこから生まれる「愛」がある…。


考えてみたい、理想の人間とは?


亡き葉室頼昭さんの著者。

もと春日大社の宮司で、外科医。
形成外科の先駆者であった、医師、
医学博士だった葉室頼昭宮司の本。


子供を持っている方、結婚を控えて
いる男女。これから出産する女性に

オススメしたいのが、このご本です。



神道 感謝のこころ

¥ 1,260



また、葉室宮司の貴重なお話は?
こちらから、↓ ご参照下さいまし。


NPO PLANT A TREE PLANT LOVEから
《モラル》葉室頼昭


“人と人、人と自然、人の心と
身体の コミュニケーション”
http://www.plantatree.gr.jp/plantlove/index.html



PLANT A TREE PLANT LOVE - サロンから 
「陰徳(いんとく)」葉室頼昭 春日大社宮司




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